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●役員会(ラトブ会議室にて)

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●いわき街なかコンサート

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●ふくしま海洋科学館 アクアマリンふくしま

新着情報

2019.07.25

株式会社 伴助 【福島県いわき市】

こんにちは!
ウェルカムいわき復興サポートグループです。
今回は、泉町にあります(株)伴助さまに
震災から現在に至るまでのお話を伺ってまいりました。



創業55年、昔から変わらぬ味付けと製法で魚の干物を加工し、全国の皆様の元へ
伴助は、創業当初から多くの魚の干物を製造・加工をしてまいりました。


《震災が起きて》
『震災が起こったのは通常作業、休憩後の事でした。
私は別棟の冷蔵庫に居て、コンテナからの荷下ろしをしている時でした。』(総務部部長:小出さん)
すぐに作業を中断し、工場へ戻っている道中、近所の住宅の塀が倒壊している状態。
工場建物自体は壁に亀裂が入った程で、機械も大きな損傷もなく済見ましたが、電気が止まってしまい、機械が動かず作業ができない状態に。冷凍保存してあった商品や材料もあり、扉の開け閉めをするとぐんぐん温度が下がってしまうので、極力冷凍庫の扉は明けないようにしていたそうです。

工場の再開は約20日程かかりました。
震災前の従業員は100名程と、中国からの研修生が18名おりました。工場再開の目途が着いた旨を従業員に知らせ出勤してもらいましたが、避難をしている従業員も多く、半数以下の50名程しか出勤出来ない状態。
『中国からの研修生に関しては、地震・津波のみの問題ならばまだ日本に残っても良かったとはおもいますが、原発(放射能)の問題が出てきたため、本国(中国)の親が心配して“明日にでも返って来て欲しい”と毎日のように連絡が来ていました。それでも3ヵ月程はこっちに残ってくれましたが、結果的には全員が本国に帰ることになりました。』(総務部部長:小出さん)


《風評被害への取り組み・対策》
原発事故の影響により、関西方面の出荷が完全に止められてしまいました。そのため、名古屋に工場を立ち上げ、そこで魚を加工し、関西方面への発送・出荷を名古屋工場から出す形にしました。


《現在》
『震災から2年目ぐらいには通常営業の目途がたちました。それもグループ補助金などで復旧できたお陰です。この補助金がなかったら本当に大変でした。』(総務部部長:小出さん)
現在は従業員が70名程おり、震災前と変わりなく営業が出来ているそうです。


銀座伴助
『3年前から東京銀座に干物定食が食べられるレストランを出し、東京の方にも多く“伴助”の名前を知っていただけました。銀座に足をお運びの際は是非、銀座伴助でお食事をお楽しみください!』(銀座伴助担当:渡邉さん)





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